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    2011年10月26日の夜死んだ。
    猫のイチゴ。
    2002年8月の夜、ゴミステーションに捨てられている袋が鳴き出したから見に行ったら
    袋じゃなくて小さな白い猫だった。
    そこから8年と8ヶ月暮らした。
    仕事の都合で引っ越すことになった。猫と暮らすのが禁止だった。
    早く違うところへ行くことにした。少し遠いところになったけど、
    そこで、許可を取って、迎えにいくことにした。
    その間は実家で母さんが面倒を見てくれた。

    母さんは2011年10月26日の夜、イチゴを外に出したまま仕事に行った。
    帰ってきてからイチゴが道で死んでるのを見つけた。
    母さんは2011年10月27日の午前0時14分に受話器を手にとって番号を打った。
    それから叫んだり泣いたりした。
    車に轢かれて死んだ。あんなことするんじゃなかった。と言ったりした。
    それをきいてた。

    電話が終わって、すぐに時間が経った。
    一瞬だけ叫んで泣いたあと静かになった。
    それからずっと思い出したことを喋ってた。
    2回鐘が鳴ってるのが聞こえた。
    一人で勝手にずっと、イチゴの話をした。耳の中がびしょびしょになった。

    拭いても拭いてもびしょびしょになった。
    鼻水も出た。
    寝苦しかった。猫を抱いてる真似をしながら寝た。
    夢を見た。イチゴはいなかった。
    たくさん猫がいたけど、子供のうちに死ぬ猫や、いろんな死に方をする猫がいて
    それを見ていた。

    朝、だんだん目が覚めてきた。猫の真似をした。
    平気だとおもった。
    布団から出ると、駄目だった。
    喋れないし、顔がゆがんでしばらく元に戻らなかった。

    2003年自分が死ぬ前に、人に伝えたいことがあるとおもって、なにか書き始めることにした。
    ペンネームを決めようとおもって、横にいた猫の名前を自分につけた。

    一期

    ■ Comment

    猫のイチゴさん亡くなったんだね。
    寂しくなったね。
    命が終わるのは、何にしても寂しい。
    動物でも、それだけ思って泣いてくれる飼い主がいるのって、いいなって思う。
    一期ちゃんの名前の由来ってそうだったんだね。

    つばきさん!!
    つばきさんなら気がついてメールでコメントでもなんでもいいから声をかけてくれると思った。
    イチゴさんのこと、どこかに残しておきたくて書いたのもあるけど、誰かこの気持ちがわかる人に気付いてもらいたくて書いたのもあったんだ。
    まだ時々、ふっと気が緩むと泣いてしまうよ。それに、なんかずっと苦しい。
    知らない土地に来て、イチゴがそばにいてくれたらって、何度もおもったけど、かなわなくなってしまった。
    いつまでも甘えてるわけにはいかないけど、ほんとうに、悲しい。
    たよりにしてたんだ。友達として。きっと辛くなって泣いたりしたら、なぐさめにきてずっと横にいてくれるだろうって、そしたら少しくらい辛くても頑張れるし、イチゴにもなんでもしてあげられるとおもってた。でも、もう、駄目なんだね。
    諦めるのにもう少し、時間がかかりそうだよ。
    気付いてくれてありがとう。
    そう。イチゴと同じ名前にしたくて、一期にしたんだ。
    同じ名前にしといてよかったとおもう。

    こんばんは。
    まず、お悔やみ申し上げます。
    思い返すと、20歳を超えてから、様々な死と対面してきました。
    飼っていた犬、親戚、ものすごく大切な友人……
    そのたびに泣きました。
    特に友人を失ったときは喪失感でいっぱいで、
    真面目に、この世が終わってもいいと思いました。
    昨年の今ごろのことです。

    3年前の夏、野良の仔猫が轢かれているのを見つけました。
    我が家は住宅街、道は狭い、そんなにスピードをあげて走る場所ではない。
    第一、そのときは夜だったので、ライトで見えないわけがない。
    何より、何かに車が当たったら確認するのが筋。
    にも関わらず、仔猫は轢かれ、
    介抱を受けることなく、その場で亡くなっていました。
    号泣しながらタオルを敷いた段ボールに入れ、
    翌日、お線香がなかったので気に入りの香を焚き、
    庭に咲いていた花で飾り、
    業者にお願いをして荼毘してもらいました。

    今、猫を飼っています。8年前はいなかった命です。
    それだけに、読んでいて苦痛を覚えました。
    でも、その死をどこかに残しておきたいという気持ち、
    分かるような気がします。
    私が同じ立場でも、やはり同じことをしただろうと思う。

    イチゴさんが虹の橋を渡っていますよう、
    陰ながらお祈りしています。

    お悔やみって大体なんなんだろうとおもって調べてしまった。
    お悔やみって、死んだ人の身内をなぐさめることなんだね。
    日本語っておもしろいよね。それをお悔やみっていうんだから。
    悔やんでるのかとおもったよ。でも、できれば悔やみたくないよね。
    もし天国なんか無くても、悔やまないで済むように一緒にいなきゃ、だめだね。

    イチゴさんは、特別な存在だったよ。
    猫だけど、友達でもあったし、家族でもあった。
    なにせ、ほんとうにひとりぼっちのときに一緒にいてくれたのは、イチゴだけだった。
    イチゴをひとりぼっちにするのは酷いことだとおもって、こんなに死にたがりなのに、死なないで頑張ろうとおもったこともあった。
    ほんとうによくやってくれたよ。強くもしてくれたし、なぐさめてもくれた。

    でも猫だし、だいたい、先に死ぬんだよね。
    別に事故に遭わなくたって、いつかは死んだんだ。
    いろんな人の不注意とか気のゆるみが重なって、大事な猫が死んでしまったことは少し悔しいけど
    結局、永遠に生きる体ではないってことなんだね。
    絶対事故に遭わないように閉じ込めてたって死ぬんだから。

    優さんの苦痛を覚えたというのが、どういう気持ちでなのか、想像してみたけど
    今一緒にいる猫が先に死ぬときのことを考えてしまったから?
    そのくらいしか考えられなくて、すんません。
    それで、
    >私が同じ立場でも、やはり同じことをしただろうと思う。
    というところで、もしかして自分はものすごく悪いことをしたのかもしれないとおもうんだけど
    今動物と暮らしてる人を傷つけたくて書いたんじゃないということは、分かってもらえるとおもってる。

    どっちかっていうと、生きてたことのほうを残したい気持ちだけど、どっちもそんなに変わらないか。
    生きてるから死ぬんだしね。
    なんで?って自分できいてみても、よくわからないんだけど。
    残しといて死にたいっておもうね。別にいいことなんか何もないとおもうんだけど、そうしたほうが、死ぬときに悔やまないですむんだ。

    正直、イチゴさんと暮らしているときは、何度も、先立たれる苦痛について考えた。
    準備してても自分の苦痛を和らげる役には全く立たなかったけど、
    少なくとも、死ぬことを意識してたおかげでおもいっきり大事にはできたとおもう。
    これから先も、おもいっきり大事にするつもりだった。

    優さんのところにいる猫が、どんな経験をしていくのかわからないけど
    たくさんおもしろいことがあって、 楽しく生きれるといいね。
    コメントどうもありがとう。

    追記です。

    苦痛を覚えたのは、一緒にいる猫のこともそうですが、
    イチゴさんを亡くした一期さんのことを考えても、でした。
    それらが重なって、私には苦痛に感じられました。
    表現がヘタでごめんなさい。
    あと、私自身は傷ついていません。
    事実(イチゴさんが亡くなったこと)に対するショックは、
    とても大きかったけれど、傷つくことはなかったので、
    どうか安心して下さい。

    それよりも、
    自分が猫を飼っているんだという事実が、
    (現在、生きて跳ねまわっていることが)
    一期さんを傷つけてしまったかもしれないと思っています。
    もしそうだったとしたら、ごめんなさい。
    配慮が足りませんでした。

    あくまで持論ですが、
    生と死は対極ではなく裏表にあるんだと思っています。
    だから〝死〟は常に自分のそばに在る。
    私も、猫も、大切な人も、明日死ぬとも分からない。
    だからなんなんだと思いますが、
    悔やまない選択肢、お互いに選んでいければいいですね。

    あと……お名前、一期さんでよかったですね。

    Re: タイトルなし

    なるほどね。安心したよ。
    イチゴさんは、昔から、私の文章に登場する猫だった。
    特別な猫だったということをわかってもらえてうれしくおもう。

    イチゴもかつては生きて跳ねまわって楽しく暮らした。
    みんなそうやって楽しく暮らすものなんだ。
    今、別の猫達がそうしてるからって、私が傷つく理由なんかどこにもない。
    そんなことで傷ついてるやつがいたら、そいつはたぶん相当歪んでるんだ。

    > 私も、猫も、大切な人も、明日死ぬとも分からない。
    > だからなんなんだと思いますが、
    いや、これは常々ここにも書いてきたし、自分でもおもってるからとくに違和感はないよ。
    ただ、いつか来るとはわかってても、必ず突然のことになるっていうことはわかった。
    明日にも死ぬかもしれない。とおもうのと同時に、明日も生きてるかもしれない。ともおもって。
    明日生きてるやつを相手に諦めてるわけにもいかないから、愛情はいつも準備しておくんだ。
    そして、いなくなったときには(それはいつも突然っていうことになる)その愛情のやり場がなくなって、泣くんだね。

    > あと……お名前、一期さんでよかったですね。
    うん。これはよかったとおもう。
    同じ名前でほんとによかったよ。

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    はふ。諦めるのに、時間なんて。気持ちが少しずつおさまってきたら、という時期でいいと思うんだなぁ。
    だって、やっぱり寂しいものは寂しいよ。うん。
    思い出して泣けちゃっても、恥ずかしくもないし、悪くもないし。心の拠り所みたいなものを失った時の穴って深くておっきいと思うんだ。

    秘密さんへ
    誰しもそういう、かなしくて悔しくて辛いような経験って、あるんだね。
    丁寧に言葉を選んでくれて、感謝してます。
    ほんとうは頭の中は狂ったようになってるんだけど、普段の生活ではおさえまくってて
    腹の中が変です。

    名前をほめてくれてありがとう。うれしいし、ちょっと気分がよくなった(笑)

    つばきさんへ
    なんか、いつもの自分なら、大声で泣いたり暴れたりするんだけど
    いつも人の目があって、全然思いっきり悲しめないでずっと我慢してるのが続いてる。
    そうやってこじらせてしまった気がする。
    悲しんじゃ悪いような気がしてるよ、ずっと。それで、なんか、腹立ってる。
    悲しくなって泣きそうになると、誰かがすぐに反応するんだ。
    だから、逃げたくなる。ほっといてくれああああああ!イチゴに会いたいんだよあああああああ!!!
    ってなる。でも静かにしてて、笑ってなきゃいけない。

    やあ、なんか、生きてるうちからなんとなくわかってたけど
    やっぱりイチゴさんはでかかったみたい。
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