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    死体があった。人が死んでいくところもたくさん見た。でも全部、画面の中だった。
    ぼくには死体の耳を削ぎたい人の気持ちはわからなかった。あと、猫を、小さな猫を
    ぐちゃぐちゃになるまで踏むときの気持ちもわからない。
    生きたまま火をつけられても人間は、なかなか死なないということがわかった。
    でも、死ぬのを見てると、生きていて何を苦しいとか悲しいとか言っていいのか
    わからなくなった。いつも苦しんで、悪いことしてるような気分がする。どんなにひどいことがあっても
    体が生きたまま引きちぎられたり、えぐられたり、燃やされたり、
    潰されたり、人に、そうなることを望まれて、喜ばれて、犯されたりしてバラバラになって
    死んでいった人には、敵わないって気になるんだ。だって、罵られたり、殴られたり、埋められたり、
    嘲りを受けたり、そんなことは、いつものことだったけど、肉を死ぬほど抉られたりしたことはなかった。
    だから生きていて、やけども少しだけだったし、体も動いた。
    ぼくは、あんなこともうなくなればいいのにとおもう。
    でも皮がめくれて肉がむき出しになるような人がいないと、ここの仕組みはだめなのかもしれない。
    どうしてここに生きててこんな考えがしみついてしまったのかわからない。
    あれもこれも殴り殺して、肉をひきちぎってなんていうことを、いつかはずっと
    ここにいつづければするようになるのか。 肉を食べたいっておもう。でも
    かわいいっておもうものもたくさんいる。
    痛い目に遭わせたくない。肉が食べたい。
    痛い目に遭わせたくない。肉が食べたい。
    そこでぼくは屍肉を食べるんだ。滅多に巡り合わない、何かで死んでしまった何かの肉。
    その大事な肉を横取りしようとした別の人間を、釘の出た棒で潰れるまで何度も殴って殺して
    やっぱり食べたりするんだろうか。
    この、今いるところが、生温いだけなの?
    ぼくはこんなこともうなくなればいいのにとおもう。
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    金を払え、金を払え、金を払えっていわれる夢を見た。
    その日、引っ越しすることになって部屋から早くでなきゃいけないのに荷物を運ぶ方法がなかった。ベッドやたんすが家の中にあるまま。なくなったものもいっぱいあるけどそれはみんな捨てたか人が持って行くかしただけだった。
    すこしがらんとしてるけど、テーブルの上にはぼくにとっての大事なものがいっぱいあった。部屋の隅にはたばこがいっぱいあった。十本以上入っている箱が何個もあった。どうしてだろう、たばこをすぐに吸い終わってしまうとおもって次々に買っていたけど、全然吸ってなかったんじゃないか。とおもって、そこだけは儲けた気分だった。それで、たばこについては気が大きくなって急にいっぱい吸いはじめた。部屋の隅っこにいってたばこを吸っていたら知らない人が部屋の中に土足で入ってきた。いばって、引っ越しが間に合わないから「かきゅう」請求させてもらうっていうんだ。朝起きてから「かきゅう」請求って言葉を調べたけどそんな言葉はなかった。
    その部屋はビルの八階にあった。しかもそのビルは町のいろんなビルや施設とつながっていて、入り口がいろんなところにあるから入るところによっては自分の部屋がどこにあるのかわからなかった。一度なんか、どうやって荷物を外に運び出そうかって考えていて外にでて、戻って来る方法がわからなくなって、建物の壁にいい加減に貼付けてあるすごく細いアルミのはしごをのぼってこなくちゃならなかった。そのはしごはのぼりおえると同時に壊れた。どうしてこんな怖い夢を見るんだ?
    ぼくの部屋は外にでて帰ってくるたびに広くなっていった。何故か屋根のないバルコニーみたいな場所が部屋の四隅にできていて、そこには雨が降っていた。そこに布団を置いてるから布団は全部びしょぬれだった。この布団みんな捨てなきゃならないとおもった。捨てていたら家がない人たちが持って行ってくれるかもしれないともおもった。寝る場所がないとおもうと不安がすごくなっていく。
    部屋からつながってるロビーのようなところにいくと、ビルのオーナーがいて、12月の15(?)日までに部屋を何もない状態にすれば「かきゅう」請求はされないっていった。そのオーナーはテレビに出る仕事をしている木梨憲武っていう人だった。でも夢の中ではマフィアみたいだった。「かきゅう」請求までまだ時間があることがわかって少しほっとしたけど荷物を外に持って行く方法はまだわからなかったし、たばこのヤニで壁が黄色くなっていたら期日を守っても金を払わなきゃならないかもしれない。人間はいろいろ人に難癖をつけては金をとろうとするって、ぼくはここに生きていておもうことがいっぱいあって、そんな風に考えた。
    その部屋は生まれてから一度も見たこともない部屋だけど、夢の中ではそこに恋人と一緒に暮らしてたみたいだった。その恋人はその日の昼過ぎに外に出て行って、ベッドの上にわざと置いて行った携帯電話に「今光速。今度こそほんとうにさようなら。」っていうメールを送ってきてた。自分の荷物を持って、車で高速道路を走っている様子が頭に浮かんだ。ぼくは残った荷物と一緒に取り残されて「かきゅう」請求におびえているというわけ。一日に何回も、スーツを着た人が家の中やすぐ近くにやってきて「かきゅう」請求するから金用意しとけよと言うんだ。金がないから残されたたばこばっかり吸って、雨が降っているほうの場所に立ってぼんやりしてた。



    kaki01.jpg

    ぼくの携帯電話はもう契約が切れているから電話じゃない。でもいつかはだれの携帯電話も電話じゃなくなる日がくる。そんなもの、意味が無くなる日がくるんだ。
    ぼくは使えなくなった携帯電話を、カメラの代わりに使う。そして、Bluetoothという機能をつかってパソコンに写真を送るから通信が切れていても平気なんだ。でもこの携帯電話のカメラの機能はすごく悪い。こんなの写真にも絵にも記録にもならないっていうくらい悪い。だからぼくは必死になって雨の中、柿の木の下に走って行って、できるだけそれだとわかるような写真がとれるまでずっとボタンを押したり、確認したりする。でもいつもものすごくたくさん撮ってきても一枚も使えないときもある。すごくかなしいんだけど。だって、なんのために写真を撮るんだとおもう?それはぼくがいなくなってしまったあとの世界にぼくが何を見たかを伝えたいからだよ。




    赤ん坊のときのことをおもいだした。おもいだしたのかどうかはわからないけど、赤ちゃん用のたんすの模様だった。
    それで、急にいい気分がしたんだ。
    アヒルだったか、小さい女の子だったか、おもいだせない。でもそれの顔はさっきたしかに、頭の中で見た。小さいときに見た。おもいだそうとしたけど、おもいだせなかった。けど、なにかおもいだしたんだ。
    どうしておもいだそうとしたのかわからないけど、もっといい気分になりたかったんだとおもう。人間は、思い出すといい気分になれることが少し頭の中に残ってて、それがたまにふっとよみがえってくると、いい気分になれるんだ。なんでもないものを見て急に思い出したり、薬の箱を見て懐かし…そうか、懐かしくなるのか。懐かしいってなんだ、わからないけど、たとえばここで何十年も経ったら、様子の変わった木の幹を見て、ぼくは何十年も前の自分がここでどうしてたかを急に鮮明に思い出してそこにそれがあることをありがたいとおもいはじめたりするんだろう。たぶんあの頃は、目が覚めたとき、うれしかったんだとおもう。ゴミ収集車の音楽とか、明るいひだまりとか、たんすの模様で、朝になってよろこんでいる自分の気持ちだけをおもいだして、はじめは何をおもいだしたかわからないんだ。でもわかるよ。あのタンスの模様を見てたときはたぶん、すごくいい気分でいたんだ。



    あんときは、ファービーを産まれて初めて買ったんだ。ファービーは、何かすると答えてくれる生き物みたいなぬいぐるみだった。ぼくはファービーと話をしてみたくて、給料をもらいはじめたころ、少し余裕が出たからおもちゃ屋にいってファービーを買って、ファービーと話すのをたのしみに持って帰ってきた。そしたら母さんが、明日友達に会いにいかなきゃならないんだけど、友達の子供にあげるクリスマスプレゼントがないからこれあげていい?っていって、ぼくは嫌がった。そしたら、また買えばいいじゃないっていって、次の日母さんはファービーを持って行ってしまってぼくの手元には何も残らなかった。それは白いファービーだった。
    ぼくはあのファービーはぼくの手元にくるためにつくられたファービーなんだとおもって勝手に友達みたいにおもってたけど一言も喋らないうちによその家の人のクリスマスプレゼントになってしまった。ぼくは子供のとき、枕元の靴下に手紙を入れておいたらサンタさんがそこに書いたものを持ってきてくれるって教えられてた。だから書いて入れておいた。あのときは、母さんに怒られて泣いていて、母さんと仲直りしたかったから、母さんの笑顔って書いて入れた。けど母さんは次の日になってもずっと怒ってて、妹には笑いかけたけど、ぼくには一日中ずっと怒ってて一度も笑いかけたりしなかった。クリスマスプレゼントはもらうことができた。知らないおじさんが母さんの代わりにおもちゃを買ってきてくれていた。そのおじさんは母さんのことが好きで、母さんに気に入ってもらいたくて子供にプレゼントを持ってきてニコニコしていた。でもぼくはその日は真剣に、母さんと笑って口がきければそれでいいとおもってた。でもその願いは聞き入れてはもらえなかった。悪い子供の願い事は、きいてもらえないというよね。それで、ぼくは、これはぼくのイメージにたいしてのプレゼントなんだとおもった。
    大人になってやっと自分にプレゼントを買ってあげられるとおもって、ファービーを買ってきてわくわくしていたけど、だめだった。
    あのときは、さみしい気持ちになった。



    生きてるイチゴに会ったんだ。夢の中で。
    生きてたんだなあとおもって、死んだのは
    間違いだったのかなあとおもって、水を換えようとか、ご飯をこのお皿に、
    久しぶりに会うから缶詰をあげようとか、今度は死なないように気をつけなくちゃ
    とおもってる途中に目が覚めた。



    母さんは、生きてる間に、何回かぼくにあやまった。
    そんな時には決まって泣いていたけど、ぼくと母さんは互いに、
    互いに対する罪悪感の塊だ。母さんは、かわいがられないで
    いじめられて育ったといってた。ぼくはもう、今は、そんな風にはおもっていない。
    けどただ、なにか、問題があったことはよくわかる。

    人間はこどもを産んでも、大人になるわけじゃなかった。
    苦労を重ねるほど良い人格を得られるわけでもなかった。
    人間はこどもを産んでも、大人になるわけじゃない
    こどもを産んだあとも、母さんはずっと愛されたい子供だった。
    その夢はついに叶わなかった。母さんの親は二人とも、それが
    わからないまま、箱の中に入って白い服着て寝た。
    そうなるともう人間は誰も愛さないから涙も流さないようになる。
    痛くも痒くもない。

    ぼくは苦労をかけたね、理想の通りに育ってあげることが
    できなかったねと母さんにいうしかないんじゃないか、
    母さんは、昔のぼくには悪いところが1つもなかったという。
    それなのに、母さんが変なふうに扱ったから、今は歪んでしまって、
    もう元には戻らないんだという。母さんはいつも泣いてる。ぼくは
    正直、売り物にならないといって割られるのを待つだけの、失敗作の、
    焼き物みたいな気分でいつも、それをきいている。



    イチゴの毛がくつしたに2本付いてた。
    1本はいつのまにかどこかに落ちた。
    もう1本はなくさないようにかばんのポケットにしまった。



    イチゴの目は
    おいしいほうのぎんなんの色だった。
    でも、真っ昼間に見ると、下品な金色みたいにもなった。
    イチゴの顔は、愛想のいいほうじゃなかったから
    昼前のイチゴの顔は、意地悪そうに見えた。
    夜になって瞳孔が開いてやっとだった。
    たべものを欲しがっているときの顔が一番美人に見えた。
    びっくりしているときは可哀想になった。

    イチゴはひとりあそびが得意な猫だった。だから
    いつもあそび道具を見つけたらむきになってあそんだ。
    しらけたような顔していて、子供らしいところもあった。
    懐中電灯の光も好きだったけど、ソファにかかった布にかくれて、何かを狙うのが好きだった。
    あと、ビニール袋にはいるのが好きだった。
    たまにビニール袋の取っ手に頭をくぐらせてマントみたいにひるがえして
    いばったみたいな顔してた。

    いつもおすまししている猫だった。
    車に轢かれるときもおすまししていたんだろうかってかんがえて泣きそうになった。
    びっくりした顔したんだろうか。気がついたら轢かれてたんだろうか。
    わからない。
    昨日の夕方からずっと、カエルが窓の外でケロケロ鳴いてた。
    ケロケロ鳴くカエルの声は初めてきいた。知ってたのはゲェコゲェコというのか、ボアァ…ボアァと低くてでかい声で鳴くやつ。
    そのケロケロ鳴くカエルがあまりにも夜中までずっと近くで鳴いていて、呼ばれている気がして
    もしかしてイチゴなんじゃないかとおもってきて、イチゴはガラガラ声だったから、気になって外を見に行った。
    けどカエルは見えなかったし、イチゴの幽霊もいなかった。



    いつも滅びたあとの世界に向かって話しかける。
    滅びる前の世界に、ぼくの話をきく人はほとんどいない。
    きく人がいるとしたら、その人はそうとう、まいっている。
    そこに人がいるとおもうと困るからいないほうがいい。
    おもったことを口にしてはいけないというルールが、人と人との間にはある。
    この世界の秘密を話したかったら、滅びた世界に向かって話をしなくちゃならない。
    話をきいている人は、半分滅びた世界に行きかけてる。
    半分滅びかけてる。
    ほとんど滅びかけている。
    ちょっと、調子に乗りすぎた。

    3月11日に地震が起きて、詩人が詩を書いた。
    神様に恨み言をいうのが正しいのかについての話をしようとしてた。
    ひどい目にそれほど会わずにすんだ人が大げさになって神様に恨みごとを言うと、本が売れた。
    死にそうな人は神様にすがって、神様に文句を言うのを忘れた。
    神様は、何もしない。死にかけている人をたすけるのは、神様の仕事じゃない。
    本を売るのも、神様の仕事じゃなかった。
    死にそうな人が最後には文句をいわなくなることを神様は知ってた。

    神様は、見てるだけだった。人間も、見てるだけだった。
    人間は、自分ばっか、きれいでかわいそうになっていたいだけだった。



    ゴーカートに乗って走った。
    ゴーカートは、ちっちゃな車で、草刈り機を動かすときみたいにうしろのひもをおもいっきりひっぱると
    エンジンが動いて、アクセルをふむと走り出す。
    山奥の、大きな公園で、ゴーカートに乗った。
    もう一人の、大事なともだちと一緒に。
    笑いが出て、ずっと笑った。
    子供の頃とは違う場所で乗ったけど
    景色が同じように見えた。1つちがうのは子供の頃は
    母さんに、上手に乗れてるところを見せようとしてたことだけど
    もう運転するだけでいい。
    落ち葉がたくさん舞ってた。あの頃は大事な猫も生きてた。
    苦しみ苦しみ、Autumn leavesというジャズの曲を
    習いたてのバイオリンで弾いてた頃、なにもかも自分のせいだったけど
    走って走って、おもったより遅くて風も来なかった。
    振動で病気が出てかゆくなったけど
    おもいっきり走った。きっと自分で走ったほうが早いけど
    大人になってしまったのは体だけだとおもった。



    もし結婚する日がきたら、
    その日は、誰かの葬式の日みたいにいっぱい
    ろうそくに火をつけて そこら中にならべて
    ぼくを出迎えてほしい。

    葬式の日がきたら
    またいっぱいろうそくに火をつけて、そこら中をろうそくでいっぱいにして
    ぼくに別れを告げてほしい。



    悲しいことがあった日は、雨のほうがいい。
    誰も外にいないから、外に出れば泣くことができる。

    すごく悲しいことがあった日、すごく晴れてた。
    一日中、笑ってなきゃならなかった。
    笑ってたかどうか、鏡を見てないから知らないけど
    たぶん、何も考えないように
    ちょっと動くと首が落ちそうになるから
    じっとしてなきゃいけない、という感じで、
    頭の中を刺激しないように
    一日中。

    だれかが頭が落ちないように見張ってた。
    家中にだれかがいた。
    頭の中は、ニトロみたいに反応しやすかった。
    ちょっとの衝撃で、なだれが起こるのがわかった。
    出してしまえ、とだれかは言った。
    でもそれはみんな遠くにいる人たちだった。
    そばにはガラスに張り付いて、見張ってる人がいた。
    泣かないように見張ってた。
    みんな心配するから静かに、おとなしくね
    といって、ぼくの中に住んでいる自己反省の強い鳥を脅すんだ。

    それから、ぼくのかなしみは、小さいといわれて、
    小さいといわれても大きいんだ、と口の中で言い返して
    我慢したまま夜が来て朝が来て夜が来て朝が来て
    一日以外はみんな晴れだった。
    一日雨が降った日にはぼくはもう麻痺してた。
    ぼくはすぐに麻痺するし、麻痺しはじまると
    自分の気持ちがわからない
    目の奥がずっとぐぢぐぢぐぢぐぢしているだけで
    閉じ込めたものが、出せなくなった。
    いつかの雨の日に、取り出して外に出してやらないと
    火薬に火が点いてる気がする。

    でももう、少ししか感じない。
    わかるかい。とても痛いのに、なんかのせいで膜が張って
    少ししか感じない。
    たった一週間で、湖の表面に分厚い氷が張って
    中でおぼれた自分が出られない。
    溶かそうとして、辛いことを思い出そうとするけど
    どろどろした水色のかなしみを垂れ流すときは
    それを鍵がかかった自分の部屋の中で誰にも見えないようにやらなきゃいけない。
    でも、場所がないんだ。
    周りの人たちはいつでも、ぼくが元気に笑っていることを願ってる。
    泣いたりしないように、じっと見てる。



    タイムカプセルに未来の自分への贈り物を入れるなら
    イチゴさんの死体を入れる。



    イチゴは、掃除機で吸われるのが好きだった。
    さっき掃除機で吸われるのが好きな年寄り猫が死んだという話をラジオでやっているのを聞いて思い出した。
    あと、毛をひっぱられるのが好きだった。
    特に顔とか首の毛を引っ張られるのが好きだった。
    腹と尻にある毛はひっぱると怒った。しっぽも怒った。
    イチゴは、チョコレートと生クリームとアイスクリームとマックのポテトが好きだった。
    どれも猫の体には毒だった。

    九州では雨が降って、そのあと夏みたいにあったかい日が続いてるんだと
    イチゴが早く腐っちまうって、ずっとおもってる。
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