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    これはイチゴじゃない。ぬいぐるみなんだ。ぬいぐるみっていうのは、人が生きものやなにかに似せてつくるもので、生きものじゃない。
    でも人間の中には、ぬいぐるみを生きもののように扱うやつもいる。ぼくは、大人になってからはじめて、ぬいぐるみを生きもののように扱った。こんなことをするとは自分でもおもわなかった。
    ちゃんと、足が折れたような格好にならないように、生きてるように座らせたりするんだ。
    母さんのおもいで話では、ぼくは昔よく、このぬいぐるみをおんぶしたりだっこしたりして、世話をしてたみたいだ。
    ぼくはそんなこと覚えてないけど、この猫のぬいぐるみをすごく気に入ってたことだけは覚えてる。
    それから、あとでおもいだしたのは、泣くときにはいつもこのぬいぐるみに顔をくっつけてたってことだ。
    どうしてだかわからない。でも、ひとりっきりで空気に顔をさらしながら泣くよりは、何かにつかまったりできたほうがずっといい。
    母さんと、話したことがある。このぬいぐるみ、イチゴとよく似てるって。
    それからぼくは一人でここへ来て、迎えにいくまえにイチゴが死んでしまった。
    母さんは玄関に置いてあるこのぬいぐるみを見るたびに、イチゴをおもいだして涙が出るから、ぼくにこのぬいぐるみをあげようとおもって、荷物の中に入れた。
    ぼくは荷物の中から出てきたぬいぐるみを見て、イチゴをおもいだした。それで、自分の横に、円くなって休んでるイチゴみたいに座らせた。
    ぼくはこのぬいぐるみを死ぬまでそばに置いておくことにした。そうすればぼくが死んじまうとき、少しさみしくない。大事なともだちが一緒にいるみたいで。
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    生きてるイチゴに会ったんだ。夢の中で。
    生きてたんだなあとおもって、死んだのは
    間違いだったのかなあとおもって、水を換えようとか、ご飯をこのお皿に、
    久しぶりに会うから缶詰をあげようとか、今度は死なないように気をつけなくちゃ
    とおもってる途中に目が覚めた。



    イチゴの毛がくつしたに2本付いてた。
    1本はいつのまにかどこかに落ちた。
    もう1本はなくさないようにかばんのポケットにしまった。



    イチゴの目は
    おいしいほうのぎんなんの色だった。
    でも、真っ昼間に見ると、下品な金色みたいにもなった。
    イチゴの顔は、愛想のいいほうじゃなかったから
    昼前のイチゴの顔は、意地悪そうに見えた。
    夜になって瞳孔が開いてやっとだった。
    たべものを欲しがっているときの顔が一番美人に見えた。
    びっくりしているときは可哀想になった。

    イチゴはひとりあそびが得意な猫だった。だから
    いつもあそび道具を見つけたらむきになってあそんだ。
    しらけたような顔していて、子供らしいところもあった。
    懐中電灯の光も好きだったけど、ソファにかかった布にかくれて、何かを狙うのが好きだった。
    あと、ビニール袋にはいるのが好きだった。
    たまにビニール袋の取っ手に頭をくぐらせてマントみたいにひるがえして
    いばったみたいな顔してた。

    いつもおすまししている猫だった。
    車に轢かれるときもおすまししていたんだろうかってかんがえて泣きそうになった。
    びっくりした顔したんだろうか。気がついたら轢かれてたんだろうか。
    わからない。
    昨日の夕方からずっと、カエルが窓の外でケロケロ鳴いてた。
    ケロケロ鳴くカエルの声は初めてきいた。知ってたのはゲェコゲェコというのか、ボアァ…ボアァと低くてでかい声で鳴くやつ。
    そのケロケロ鳴くカエルがあまりにも夜中までずっと近くで鳴いていて、呼ばれている気がして
    もしかしてイチゴなんじゃないかとおもってきて、イチゴはガラガラ声だったから、気になって外を見に行った。
    けどカエルは見えなかったし、イチゴの幽霊もいなかった。



    イチゴは、掃除機で吸われるのが好きだった。
    さっき掃除機で吸われるのが好きな年寄り猫が死んだという話をラジオでやっているのを聞いて思い出した。
    あと、毛をひっぱられるのが好きだった。
    特に顔とか首の毛を引っ張られるのが好きだった。
    腹と尻にある毛はひっぱると怒った。しっぽも怒った。
    イチゴは、チョコレートと生クリームとアイスクリームとマックのポテトが好きだった。
    どれも猫の体には毒だった。

    九州では雨が降って、そのあと夏みたいにあったかい日が続いてるんだと
    イチゴが早く腐っちまうって、ずっとおもってる。



    2011年10月26日の夜死んだ。
    猫のイチゴ。
    2002年8月の夜、ゴミステーションに捨てられている袋が鳴き出したから見に行ったら
    袋じゃなくて小さな白い猫だった。
    そこから8年と8ヶ月暮らした。
    仕事の都合で引っ越すことになった。猫と暮らすのが禁止だった。
    早く違うところへ行くことにした。少し遠いところになったけど、
    そこで、許可を取って、迎えにいくことにした。
    その間は実家で母さんが面倒を見てくれた。

    母さんは2011年10月26日の夜、イチゴを外に出したまま仕事に行った。
    帰ってきてからイチゴが道で死んでるのを見つけた。
    母さんは2011年10月27日の午前0時14分に受話器を手にとって番号を打った。
    それから叫んだり泣いたりした。
    車に轢かれて死んだ。あんなことするんじゃなかった。と言ったりした。
    それをきいてた。

    電話が終わって、すぐに時間が経った。
    一瞬だけ叫んで泣いたあと静かになった。
    それからずっと思い出したことを喋ってた。
    2回鐘が鳴ってるのが聞こえた。
    一人で勝手にずっと、イチゴの話をした。耳の中がびしょびしょになった。

    拭いても拭いてもびしょびしょになった。
    鼻水も出た。
    寝苦しかった。猫を抱いてる真似をしながら寝た。
    夢を見た。イチゴはいなかった。
    たくさん猫がいたけど、子供のうちに死ぬ猫や、いろんな死に方をする猫がいて
    それを見ていた。

    朝、だんだん目が覚めてきた。猫の真似をした。
    平気だとおもった。
    布団から出ると、駄目だった。
    喋れないし、顔がゆがんでしばらく元に戻らなかった。

    2003年自分が死ぬ前に、人に伝えたいことがあるとおもって、なにか書き始めることにした。
    ペンネームを決めようとおもって、横にいた猫の名前を自分につけた。

    一期
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